子宮頸部の高度異形性のため円錐切除術を受け その後 体外受精にて妊娠・出産いたしました!日々の生活を書き綴っています♪


by dnfal515
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カテゴリ:子宮頸ガン 高度異形性( 1 )


2004年8月29日(日)


それは突然のことでした。。。

排卵時期くらいに不正出血。 32年間の人生で始めてのこと。

前日に彼とsexあり。
  
彼と2人で暮らし始めて まだ3週間目の出来事でした。

次の日 彼の付き添いで行った産婦人科。

病理検査と採血をされ 1週間後に検査結果を聞きに行きます。


そしてこれがセックスレスの始まりでもありました (∥ ̄■ ̄∥)


その後の経験で 出血する と言うことには慣れてしまいましたが

もしあの時病院へ行ってなかったら・・・ 

と考えると病院に行こうと言ってくれた彼には 感謝の気持ちでいっぱいです。

着床出血や排卵出血なんていう出血もありますが

ぜひ今まで経験したことのない痛みや症状がでたら

恥ずかしがらずに そして面倒臭がらずに 産婦人科へ行ってみてください。

何もなければ それはそれで良いことなのですから。



2004年9月7日(火)


1週間後 一人で検査結果を聞きに行きました。

聞かされた言葉は 「子宮ガン」。

でも先生は笑顔で 「でも死ぬようなことはありませんから大丈夫です」 と。

今後のことについて説明を受けました。

ここでも治療はできるが のちのちのことを考えて大学病院に紹介状をだすので  

近々受診するようにと。


帰り道はパニックでした。

私が「癌」って。。。  しかも紹介状を出されるって。。。

まっすぐ本屋により「子宮ガン」について立ち読みし 家に帰りネットで調べまくりました。

何かの歯車が狂いだした

そんな風に思っていました。


あの時は病気についての知識がなさすぎて 自分の状況が全然理解できず

不安で不安で ただただ「不安」しかありませんでした。



2004年9月8日(火)


大学病院デビュー。

同じく頸部の組織検査などして 結果を待ちます。

やはり子宮頸部が異形性であること。

手術(円錐切除)が必要なこと。

最悪な場合 子宮は残せなくなることもあること。

そして着々と手術への準備は進み 入院予定が決まります。


当時の私は彼と結婚するため一緒に暮らし始めたばかり。

もし子宮温存が無理な場合は 彼と別れようと決めていました。

彼は 別れる気も 私の病理結果が悪いとも 思っていないようでしたが。



2004年10月18日(月)


入院日。 

外来の通院で手術まで必要な検査をすべて終わらせているため

次の日の19日が手術日です。

1週間の入院予定。

同日に入院した方 計4人で相部屋になりました。

年齢もさまざまですが 婦人科病棟は年配の方が多いらしく 

長期入院されている方もたくさんいました。

部屋の中で私以外全員は 子宮全摘出の方ばかりで

私のように手術時間が10分で終わってしまう軽い病状は私だけでした。


病状に関しては痛みもあれ以外の出血もありません。

円錐切除を受けることに対し セカンドピニオンを勧めてくれる人もいましたし

気功に連れて行ってくれた人もいました。 

ここに至るまでの1ヶ月半 やっぱり弱気になることも多々あったけど 

「病は気から」 この言葉は病気に対し 私の中で合言葉になりました。



2004年10月19日(火)


病室の全員が同日手術です。

私は午後からでしたが 隣のベッドの方は合併症が見つかり

手術予定時間より大幅に遅れて戻って来ました。

私の手術はトータル1時間もかからず病室に戻ってきたそうです。

レーザー手術です。

全身麻酔でしたが 術後に一瞬意識が戻り 

病室に戻ってすぐ 母親と彼と話した記憶があります。

酸素マスクと点滴 尿管が入ったまま寝続けました。

晩ご飯を食べてもいいと言われましたが 何も食べず朝まで寝続け

次の日には尿管も取れ 歩いてOKがでました。

相部屋の方達はみんなお腹を切っていますから ベッドから動けません。

とっても羨ましがられました。


その後の経過


それから1週間もしないで退院できましたが

そのあと2ヶ月は術後の経過と消毒のため 週2.3回の病院通いが永遠と続きました。

退院後に出た病理検査の結果 切りとった病理部分に異形性は認められず

定期的な検査を受けることになります。

子宮温存が決定となり 彼と先延ばしにしていた入籍をしました。



結果良好と思っていたのですが

生理を含め月の1/3は常に出血している状態が続き

円切部分を焼いたり ピル同様の成分が含まれた薬を服用したり

子宮内膜増殖症になったりと その後の経過は全然よくありませんでした。

定期的に受けるガン検査の結果も 良くなったり悪くなったりが続き

結果さえ良ければ 1ヶ月検診・3ヶ月検診・半年検診そして1年検診になるはずが

1年検診に至るまで3年もの月日がかかってしまいました。

私 もうすぐ36歳の誕生日直前でした。



子宮は体の中でも鈍感な臓器なんだそうです。

痛みも感じにくいし 症状が出ずらい。

私も彼とのsexの後にでた1回だけの出血のみで 他に痛みもありませんでした。

あの時 病院に行ってなかったら 確実に病気は進行していたんだと思います。

最悪の場合 子宮全摘出になる可能性がなかったわけではありません。

今 考えても恐ろしいです。

彼と結婚したら すぐにでも彼との赤ちゃんが欲しいと願っていたのですから。

あの時なぜか強く私に病院に行くように勧めてくれた彼に心から感謝です。


 
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by dnfal515 | 2008-12-22 17:16 | 子宮頸ガン 高度異形性