2009年2月11日(祝)
今日もお腹の中でベビちゃんはボコボコ元気に動きまくっています♪
+。:.゚(人〃∇〃)*+シ。:.゚ア*゚ワ.:。セ+゚(〃∇〃人)゚.:。+
最近 胎動が変わってきました。
そこで止めないで(∂△∂;)! なにやってるのヾ(;´▽`A? と思わせるヘンな動き。
しかし37歳にして初体験のことばかりです!!
改めてこのお腹に命を宿らせてくれた「不妊治療」のことを考えていました。
妊娠初期の頃は 妊娠に至った過程が普通(自然)ではないことに
違和感と後ろめたさと なんとも言えない複雑な感情をぬぐい去れずにいました。
自分の口から 「妊娠している」 とこれだけの言葉を発するのにも勇気が必要でした。
だからと言って高度生殖医療(ART)に反対だったわけではありません。
ちゃんとした知識もなかったし まず自分には関係ない事でしかなかったから。。。
初めは 自然に妊娠できたらそれに越したことはない! と思っていました
が、フタを開けてみれば 自然妊娠は無理 _| ̄|○ ↓
現代医学に頼らないと子供を授かることはできない と言う現実が目の前にきたとき二者択一。
「子供を作るか」 「作らないか」
どちらかを選ぶしかありませんでした。
結果として 「体外受精」 と言う方法でこのお腹の中の命を授かることになります。
でも私の妊娠までの道のりは 本当にラッキーなことばかりでした。
まず たまたま選んだ病院が 高度生殖医療(ART)を扱う「不妊専門クリニック」だったこと。
そしてクリニックの治療方針が 妊娠への最短の近道だったこと。
(まずは検査。そして検査。また検査に検査)
幸か不幸か 不妊の原因がハッキリ分かったこと。
通常は 「タイミング」→「人工授精」→「体外受精」→「顕微授精」 と進むのでしょうが
数字上 「顕微授精」以外での妊娠は無理でしたので 選択の余地もありませんでした。
ただ 私たちには「顕微授精」での可能性があることだけでもラッキーでした。
もちろん2人の体の条件も最重要でしたが 結果オーライ
私はすべてクリニックのお陰で妊娠できたと思っています。
点鼻薬で2回ほどダメになったりもしましたが
先生が処方してくれた薬のお陰で (これもお陰だと思っています)
「顕微授精」が 急遽 「体外受精」になり たった1回の体外受精で
しかも たった1個しか戻せなかった受精卵で今に至ること 私は本当にラッキーです。
プラス 凍結胚を5個も残すこともできました。
私達は年を重ねても あの凍結胚は36歳の時の私の卵子と 38歳の時の旦那様の精子ですから。
この不妊クリニックしか知りませんので他と比べようがないのですが
たぶん選ぶ病院によって治療方針や過程が変わってくるのだと思います。
私は本当に無知で 右も左も分からない状態で始めた不妊治療だったけど
ラッキーなことに この病院を選んで良かった と思える病院に出会えました。
「不妊」 とはホント降って湧いたような出来事です。
だって 誰だって まさか「自分が不妊だ」 なんて思ってるわけないですもの (゜ロ゜)
「子供がほしい」 そう思った時から見え隠れする不妊。
今だに 「妊娠したよ!」 の報告にドキッっとする自分がいるのも真実。。。
不妊クリニックで妊娠が確定しても 卒業して 産科に通うようになっても
この不妊治療のことをしっかり振り返ることができませんでした。
いつか「まとめ」としてここに残したいと思いつつ 今やっと書ける自分がいます。
さぁて 確定申告の時期ですね。
去年の医療費 合計してみますか! いくらになるのか恐ろしいですねぇ (◎▽◎)